夫婦で継承した養鶏業
伊万里市の山奥に広がる鶏舎の中を自由に歩き回り、のびのびと育つ鶏たち。
百姓屋では、ひよこから47日間、愛情を込めて大事に育てた若鶏を年間70万羽出荷しています。
「百姓屋」は、会長である市丸道雄さんのご両親が、昭和55年に始めた養鶏業が原点。
道雄さんの妻で社長の初美さんは「中山間地のため、田んぼや畑はなかなか大変ということで、近所の方からの勧めで両親は養鶏を始めたそうです。山を切り開いて建てた、手作りの青い鶏舎は、今も現役なんですよ」と微笑みます。
道雄さん夫妻が就農したのは平成6年。それでまで会社勤めで海外出張が多かった道雄さんですが、自然の中で農業をしながら家族との時間を増やしたいと一念発起。一緒に同じ目標に向かって取り組みたい、と初美さんも飛び込みました。
しかし、農業経験ゼロのため最初はうまくいかず苦労の連続だったそうです。
「養鶏の指導をしてもらいましたが、すぐに結果が出るわけではないので、軌道に乗るまでなかなか難しかったですね。芝桜などの花木も始めたのですが知識も技術もないため、花を栽培をしているハウスを見つけたら “技術を教えてください!”と飛び込んでお願いしていました」と当時を振り返ります。
厳格な衛生管理で育てた「骨太有明鶏」
百姓屋で育てている佐賀県の銘柄鶏「骨太有明鶏」は、カルシウムが豊富な牡蠣殻を食べさせ、厳選した飼料で育てるのが特徴です。飼育期間中、抗生物質や抗菌剤を一切与えないため、病気にかからないように徹底した衛生管理を心がけています。
鶏たちの健康を守るため、ウイルスや菌を入れないよう、鶏舎のある敷地に入るときは家族、スタッフといえども毎回車を消毒するほど。
ご両親から受け継いだ時は、鶏舎6棟に10万羽の鶏を飼っていましたが、後継者である長男の善登さんの就農を機に、佐賀県初のコンピュータ制御「セミウィンドレス鶏舎」を導入。その後も少しずつ増設し、現在では鶏舎10棟で70万羽の鶏を出荷するまでに拡大しました。
安全で高品質の鶏肉を出荷するため毎日、朝と夕方の見回りで健康状態をチェックしています。餌と水は自動で追加され、新しい4棟に関してはコンピュータ制御で空気の入れ替えもできますが、人間の五感は絶対に必要だと初美さんは力説します。
「風向きに合わせて設定を変えるなどの細かい調節は人間が行いますし、見回りで些細な変化も見逃さないようにしています。出荷した翌日には次のひよこが入ってくるので、すぐに受け入れ準備を行います」と息つく暇もありませんが、家族の協力で乗り切っています。さらに道雄さんと善登さんのアイデアで画期的な育成法も発案し、収益性の高い飼育方法は全国からも注目を集めています。
オリジナルの加工品で鶏肉の美味しさを広める
「骨太有明鶏」の美味しさをもっと広めたいと、就農して9年目に初美さんが立ち上げたオリジナルの加工品「山ん鶏」も人気です。
初美さんは、「県内には他にも有名なブランド鶏があり、骨太有明鶏があまり知られていないことに気づきました。大事に育てているのに知られてないことが悲しくて、生産者として何とか知ってもらいたいと思い“山ん鶏”を始めたんです」と話します。
こだわりを持って育てた鶏だからこそ、加工は信頼できる人に任せたいと探す中で、七山に工房をかまえる「燻や」と出会いました。ドイツで金賞を受賞した世界が認める薫製職人により、百姓屋の鶏肉の美味しさを引き出すため、保存料や化学調味料を一切使用せず、岩塩やハーブなどシンプルな味付けで加工したお肉の美味しさは格別。
もも肉を使ったローストチキンは脂がのってとっても肉厚。むね肉のスモークチキンは、さっぱりとしていて香ばしさが広がります。肉感がジューシーなチキンソーセージも絶品です。新たに登場した鶏肉の生ハムは厚さにこだわり、鶏肉らしい食感がしっかり味わえます。
朝に締めた鶏をその日のうちに加工していくのでどれも臭みがなく、プリプリとした食感が楽しめ、贈答品として人気を集めてきました。
「伊万里ヤマンドリ」にリニューアル
大切に育ててきた「山ん鶏」の商品をより多くのお客様に届けるため、初美さんたちはリブランディングに挑みました。ターゲット層を広げるためにパッケージをリニューアルし、表記を「伊万里ヤマンドリ」と改めました。
爽やかなブルーグリーンが印象的なパッケージは、古い鶏舎の水色と木々の緑を混ぜて作り上げた色合い。家族みんなの意見やアイデアを反映し、全員で作り上げました。
さらに、生産者である自分たちとお客様をつなぐものにしたいと、ホームページには鶏舎の様子や伊万里の豊かな自然、そしてご家族の笑顔の写真が掲載され、百姓屋を身近に感ることができます。
ネットショップの反応も好評で、子育て世代の注文も増えてきたそうです。
善登さんの妻・香代子さんは「私自身も子育て世代なんですが、子どもに食べさせるものって特に気を使います。嫁いできて、“こんなにいいものだから自分たちと同じ世代に伝えていきたい!”と思い、結婚式の引き出物や出産の内祝いに使ってきました。パッケージをリニューアルしたことで、内祝いに利用される方が増えてきましたね」と話します。
鶏の餌に関する問い合わせもあるほど、食に気を遣う方が増えており、そういったお客さまからも安心・安全な「伊万里ヤマンドリ」の商品は喜ばれているそうです。
家族の協力で笑顔で成長を
当初、百姓屋の社長さんは道雄さんでしたが、鶏舎の増設などある程度整ったところで、初美さんが社長に就任しました。
「普通なら夫から息子に、という流れでしょうが、百姓屋がここまで来るには夫婦2人で支えあってきたので、私が始めた加工品や花苗を充実させる機会にしてほしいということでした。女性目線を大事にしながら取り組むなかで、私と娘たちが携わっている花苗部門で、独自ブランド「百笑(ももえみ)」を立ち上げました」と瞳を輝かせます。
「百笑」の花苗は、葉がよく茂り花も綺麗に咲くと評判です。「生育が良い秘訣は鶏舎から出る鶏糞を肥料に使っているからだと思います」と初美さん。鶏糞を堆肥に活用することで循環型農業も実現。抗生剤を与えていない鶏糞のため、こだわりのある農家さんからも安心して使えるとリピーターも増えてきました。
初美さんのこれまでの活躍が評価され、令和5年に公益社団法人大日本農会主催の農事功労者表彰式で緑白綬有功章を受章し、家族に喜びが広がりました。
「家族みんなが笑顔で百姓屋の仕事に携わってくれているから、ここまでこれたと実感しています。後継者不足が多い中で、子どもたち全員が継いでくれて、パートナーも一緒にいろんな部門で活躍してくれて、親としてこんなにありがたいことはないですね」と笑顔がきらめきます。