ミネラルたっぷりの土壌で育つ
有明海に面した川副町は、佐賀平野の最南端に位置する干拓地。そこで江島さんは、真っ赤で特別なおいしさを誇るトマト「サンロード」を育てています。

海の恵みであるミネラルを豊富に含んだ土は、トマト栽培にぴったり。さんさんと陽光が降り注ぎ、潮風が心地よく流れる穏やかな気候も、おいしいトマトづくりを助けています。


「そもそもサンロード自体がおいしい品種なのですが、他の土地で川副町と同じつくり方をしても同じ旨味は出ないようです。大地の恵みが成す味なのだと感じます」と江島さん。風土に寄り添いながら日々ハウスを繊細に管理し、その恵みを最大限に引き出しています。

ゆっくりじっくり育った珠玉のトマト
サンロードは病気に弱く繊細な品種で、大量生産には向きません。安定した収量を確保するには、手間と技術が求められます。

例えば、ぎゅっと詰まった実に育てるために温度を下げて換気し、湿度も徹底して管理。湿度が高いと味がぼやけてしまうため、あえて収量を抑えてでもおいしさを優先しています。また、トマトは温度によって赤く色づくため、絶妙な調整も欠かせません。

こうして手間暇かけて育てたトマトは、川副町のブランドトマト「光樹(こうじゅ)とまと」として出荷されます。おいしさはそのままながら規格外のトマトは「ひばりトマト」として直売。小鳥のさえずりを聞いて育ったことが名前の由来です。甘みと酸味のバランスも、引き締まった実の食感も良く、多くのファンに親しまれています。

スイスで芽生えた農業を誇る気持ち
江戸時代から続く農家で育った江島さんでしたが、幼い頃から間近で農作業の苦労を見てきたこともあり、高校卒業後は農業とは別の道へと進みます。「離れてみて分かったのは、どの仕事も大変なんだということ。それなら実家で農業をしてもいいなと思うようになりました」と、当時の心境の変化を振り返ります。

実家に戻ると、父から研修に行くことを勧められ、1年間スイスへ。小ネギを切って仕分けたり、キャベツや白菜を収穫したりと、各国から集まった研修生とともに汗を流しました。
「農業を志す同年代の仲間と過ごした日々は大きな刺激になりました。特に新規就農を考えている人は情熱にあふれていて、自分はすぐにでも農業ができる環境があるのだから頑張らないと、と思ったんです」
さらに、スイスでは誰もが「農家の方が食を支え、私たちの景色をつくってくれている」と感謝しているそう。江島さんも、そんな農家になりたいという夢を抱いて帰国しました。
地域とつながるおいしい時間
本格的に農業へと向き合う中で、農家以外の人たちともつながれる場をつくろうと考えた江島さん。そこで2012年から始めたイベントが「麦秋cafe」です。

「麦秋」とは、麦が実り、収穫を迎える初夏のこと。金色の麦の穂を風がなでるようにそよぐ5月、美しい季節を祝うように2日間限定でカフェがオープンします。
陽ざしと麦の香りに包まれた時間は、自然のうつろいを身近に感じられるひととき。そんな豊かな時間を育んできた取り組みは、2019年に「第25回佐賀市景観賞」にも選ばれました。

会場では農産物の販売のほか、ピザのトッピング体験、焼きたてピザとドリンクの提供、マルシェ、ミニコンサートなど、いろいろな形で季節の恵みを楽しめます。麦畑で写真を撮る人も多く、訪れる人はカフェ内の催し以外でも思い思いに「麦秋」を満喫しているそうです。



このイベントは、江島さんが立ち上げた市民活動団体「さがのぎ」のメンバーたちとともに手づくりで育んできたもの。今では生産者と消費者が“農”をきっかけに心を通わせる、あたたかな交流の場として定着しています。
ごちそうトマトをいろんな形で
季節のうつろいを慈しむように、丁寧に育てられた「とまと屋ファームえじま」のトマト。そのおいしさをもっと手軽に、もっと長く楽しんでほしい。そんな思いから、加工品づくりが始まりました。
最初に登場したのは、旨味と甘みをぎゅっと閉じ込めたトマトピューレとトマトジュース。どちらもおいしいトマト本来の風味をより一層引き立てるよう仕上げられています。


そして、麦秋cafeで行ったピザのトッピング体験をきっかけに誕生したのが、大玉トマトを贅沢に2個使用した「とまと農家のピザソース」。イベントで提供したソースの味が来場者に好評だったことから、商品化が決まりました。
ピザソースを手がけるのは、江島さんの妻・亜矢さん。「特においしそうなトマトを選んでつくっています。旨味たっぷりで絶品ですよ!」と笑顔で厨房に立ち、トマトを一つ一つ選んで手際良くカットし、じっくり煮詰めていきます。


どれも「とまと屋ファームえじま」らしいやさしさと、まっすぐなおいしさが詰まった自信作。贈り物にはもちろん、日々の料理をちょっと特別に彩るのにもぴったりです。
農園に足を運んでもらえるように
大玉トマト、ミニトマト、加工品。そのどれもがオンラインショップで購入でき、遠方の方も気軽にお取り寄せができます。贈り物や季節のごあいさつにも喜ばれると好評です。
一方で、「とまと屋ファームえじま」では直売も行われ、地元ならではの風景とともにトマトを受け取る楽しみがあります。

「スイスのような農業と地域の人との距離の近さをつくっていきたい。そう思って農業にもイベント開催にも励んでいます」と江島さん。2025年3月には農園の魅力や考えを伝えるコンセプトブックを製作し、切り貼りして“しかけ絵本”をつくれるワークショップも実施しました。子どもも大人も自由な感性で表現できる時間は、地域とつながる新しいかたちです。



夢は、農園をもっと開かれた場所にしていくこと。
おいしいトマトを届けることはもちろん、訪れる人が季節のめぐりや自然の美しさを感じ、心に何かを持ち帰ってくれるような「場」を育んでいく。こうした江島さんのチャレンジが、川副町の風景を新しく彩っていきます。